危険なお見舞い






―――ピーンポーン・・・。

平日の真っ昼間、静寂の中にチャイムの音が鳴り響いた。
「・・・ん?誰だ?」
もうすっかり日も高くなっているというのに、久我はまだパジャマ姿のままで布団に横たわっていた。

実は、彼は熱を出して寝込んでいたのだ。
しかし、熱を出したからといって水枕もなければ薬もない家では寝ているくらいしかなかった。

そこに誰かがやってきたのだ。
久我はダルイ体を起こすと、しかたなくフラフラと玄関へと向かった。
(日下部やボブ男がまたくだらない用で来たなら、ぶん殴ってやる・・・)
そんな危険なことを考えながら玄関の扉を開ける。

すると予想に反して、そこに立っていたのは彼の想い人、長谷川千鶴であった。

彼女の姿を目にして、久我の心臓がドクンっとひとつ大きく高鳴った。
(な、なんで・・・?)
しかし、そんな久我の様子を千鶴はあまり気にしていない様子であった。

「久我くん! やっぱり今日は風邪だったのね!」
千鶴は何だか大量の荷物を抱えている。
「先生・・・今日はまさか・・・」
久我は千鶴がここへ来た理由をおそるおそる尋ねてみる。
「ん?今日は久我くんの看病をしに来たのよ」
(やっぱり・・・。)
嬉しそうにいそいそと家に上がりこむ千鶴を尻目に、久我はがっくりとうなだれる。
(まったく・・・おせっかいなヒトだ・・・。)
風邪をひいているとはいっても、男の部屋に平気でやって来るなんてどうかしてる。
でも・・・。
重要なのは自分が男としてみられていないのか、それとも好意を寄せられているのかという事である。
この機会に確かめてみるのもいいかもしれない。
そんな考えが彼の頭の中を走った。





長谷川は部屋に上がるとまず冷蔵庫チェックを始めた。
「あー!やっぱり牛乳しか入ってない!」
そう言うと長谷川は次々と自分が今買ってきた食材を冷蔵庫に入れ始めた。
「どうせ薬も飲んでないんでしょ?ホントにここは何も無いんだから・・・」
「・・・・・・」
いつもだったら何か言いたい所だが、何しろ頭が朦朧として思考がおぼつかない。
「あ・・・今からお粥作るから、久我くんは大人しく布団に入っててね」
長谷川はいつものようにふんわり微笑むと、持参したレースのエプロンを身に着け、普段全然使われていないキッチンへ向かう。
今まで無色だった空間が、突然色づいたようだ、と思う。
柔らかな空気が辺りを包み込む。
軽く鼻歌を歌いながら調理を始める長谷川の後ろ姿を見てると、なぜかじっとしてはいられないような衝動に駆られた。

俺は無意識のまま長谷川に近づいた。
(触れたい・・・。)
病気になると人恋しくなるというのは本当かもしれないと、柄にも無く思ってしまっていた。
何も考えずに、小柄なその肢体を後ろからぎゅっと抱きしめると、長谷川は「きゃっ!」と声を上げて、顔だけこちらを向いた。
「く、久我くん!?どうしたの?」
「・・・・・・」
質問には答えなかったが、抱きしめた彼女の柔らかさと熱の所為で、自然と呼吸は上がっていく。
顔も急激に熱を帯びてくる。
「久我くん・・・?苦しいの?」
どうやら長谷川は、俺の行動を熱の所為だと勘違いしているらしい。
まぁ半分は当たっているが。

「でも、このままだとお料理ができないわ」
長谷川はうーんと、困った様子だ。
でも、嫌がっている風ではないことに少し安心した。

「ふふっ。でも、久我くんでも風邪をひくと甘えたさんになるのね」
長谷川は急にそんなことを言い出した。
俺はちょっとむっとして長谷川から離れた。
そして、とりあえずの充電(笑)はしたことだから、大人しく布団の中に戻る事にした。


料理を終えて、長谷川が俺の側までやって来た。
「はい!お粥できたよ♪」
そう言って長谷川はニコニコと隣に座る。
正直、食事をするといった気分にはならなかったが、ここは素直に従っておいた方がいいと思った。
「ひとりで食べれる?」
(・・・食べれないわけないと思うが・・・。)
そう思ったが、あえて違う切り口で切り返してみた。
「食べられないって言ったら?」
それに長谷川がどう返してくるかと思ったら、
「それじゃあ甘えたさんの久我くんには千鶴先生が食べさせてあげます!」
・・・なんて言ってきた。

俺は思わず眩暈を覚えた・・・。

が。
まだ理性が残ってたから、丁重に断った。
残念がる長谷川を見たら、少しだけ惜しい事をした気分になったが。




食事が終わると、トタトタとキッチンへ戻っていった長谷川が水の入ったコップを持って、またトタトタと戻ってきた。
「ちゃんと薬も飲まなきゃダメよ?」
そう言って、長谷川はまたニコニコしながら俺の隣に座る。
(何がそんなに嬉しいんだろう・・・?)
そう思いながら長谷川の顔をじっと見つめていると、長谷川が俺の視線に気付く。
「なぁに?久我くん?」
「あ、いや・・・。何でそんなにニコニコしてるのかと思って」
俺がそう言うと、長谷川は突然慌てだした。
「えっ!?あっ、そうだよね!?久我くんが熱で苦しんでるっていうのに、私ったら・・・」
そして急にしょんぼりしてしまう。
「別にいいですよ、そんなこと」
またいらない心配で長谷川を落ち込ませる必要もないからそう言うと、彼女の顔がぱっと華やぐ。
「そ、そう・・・?よかったぁ〜。あのね、ホントはね、私いつも久我くんのお世話になってばっかりだから、こういう風にお世話できて嬉しかったのvv」
そう言って嬉しそうに微笑む長谷川の顔といったら、もう凶悪そのものだった・・・。
(これは・・・ヤバいかも・・・っ。)
俺は熱で朦朧とした頭で今まで何とか押さえ込んでいた本能が、解き放たれそうになるのを感じた。
思わずシーツをぐっと握る手に力がこもる。

もう頭で何か考えるなんて出来なくなった。
「じゃあ・・・先生は何でもしてくれるんですか・・・?」
気が付くと、自然とそんな事を口走っていた。
「うん!私に出来る事ならなんでもするよ!?」
(もう・・・限界かもしれない・・・。)
そう思ったとき、俺の視界にさっき長谷川が持ってきた薬とコップが飛び込んできた。
「だったら、薬を飲ませてください・・・」
「へ?」
(もう何がどうなってもいい・・・っ!)
「ダメですか?」
わざとそんな言い方をしてみる。
俺は長谷川が、弱っている人間に甘いということを知っていた。
「え、えっと・・・そうじゃないけど・・・、一体どうやって?」
俺は長谷川の言葉の「そうじゃない」の所だけをいいように解釈して(笑)、ぐいっと長谷川の体を引き寄せた。

「もちろん口移しで、ですよ」

俺の言葉を聞いて、長谷川は顔を真っ赤に染めた。
「え・・・っ!!久我くん、ちょっと・・・!・・・ん・・・っ!!」
無理矢理長谷川の口の中に錠剤と水を入れて、長谷川の唇を自分の唇で塞ぐ。

・・・長谷川の甘い香りが漂ってきて、思わず気が遠くなりそうになる。
一方長谷川の方は、少し苦しそうにしながらも、俺に薬を飲ませようと必死になってるのがわかった。
その様子にいっそう愛おしさを感じる。
仕方がないので大人しく薬は飲む。
俺がゴクリと薬を飲み込んだ様子を見て、長谷川はほっと肩を撫で下ろした。
でも、俺がなかなか唇を離そうとしないと、さすがに少し抵抗を見せた。
「?・・・っ!―――んんん〜!!」
長谷川は肺活量が少なそうだから、きっと呼吸が苦しい頃だろうと思い、俺は唇を離す。
「・・・く、久我くん・・・///」
恨めしそうな表情で、長谷川は俺を見上げる。
(いきなりこんなことされたら当然だろうな。)
「嫌・・・でしたか?」
「そ、そんなこと・・・ない・・・」
俯き加減で、小さな声で、そう呟く声を、俺は確かに聞いた。
次の瞬間には、もう1度長谷川に口付けていた。

今度はギュッと背中に腕をまわし、彼女の柔らかさを直接体でも感じていた。
(ずっとこの温もりに浸っていたい・・・。)
そう思った・・・。



が、体調が悪いのに調子に乗りすぎた所為で、そのまた次の瞬間には俺は意識を失っていた・・・。

・・・本当に情けない・・・。


朝、目が覚めて、夢だったような気がするくらい、昨日の出来事は不思議な感覚だった。
俺の傍らですやすや寝息を立てている長谷川が、すぐに夢じゃないことを証明したのだが・・・。
それもまた嬉しくて、俺は長谷川の髪にそっと口づけた―――。


― FIN ―





−あとがき−
久我くん一人称SS第2弾です・・・。誰だよオマエ、みたいな(泣)。こういう系はいつも突発的に書くのでけっこう支離滅裂になってます(←ダメじゃん)。
前作といい、久我くんちーちゃんに欲情しすぎですよね・・・(汗)。無理矢理ばっかじゃまるで変態さん・・・(滝汗)。
もう「甘っ!」・・・と感じていただけさえすればそれでいいかも・・・。はぁ・・・。


2002/08/20


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