密室デート






俺は今日、何故か千鶴と一緒に新しく出来たというテーマパークに来ていた。
ここは学校の連中の間でも、ここ最近一番の話題となっていた場所だ。
特に女子達は、このテーマパークの中でも目玉の巨大観覧車の話で花を咲かせていた。
そんな時に一人の女子が、
「ちーちゃんも行ってみたくない〜?」
とか軽い感じで話を振ったのがそもそもの原因で・・・。
千鶴は一言も俺に「行きたい」とは言わなかったが、行きたがっているのは誰の目から見ても明白で。

・・・そうして今に至っている・・・ということだった。



「うわぁ・・・久我くん! スゴイ人ぉ〜!」
まだ出来て間もないスポットだから、人だかりが出来ているのは当然で。
「どのくらい並ばなきゃいけないのかな・・・?」
「1時間近くは待ちそうだな・・・」
正直言って、色々な意味でこういう場所には来たくなかった。
並ぶのはしんどいし、千鶴は迷子にならないか心配だし、一応俺たちの関係上、人目も気にならないわけではない。
「久我くん・・・もしかして来たくなかった?」
俺の様子を察してか、千鶴が心配そうに顔を覗きこんでくる。
「いや、誘ったのは俺だし」
「でも、久我くんさっきからため息ばっかりだし!」
本当に、この人は・・・。
いつもぽーっとしているのにこういう時に限って鋭い。
ここは話の流れを変えないと・・・。
「でも千鶴は乗りたいんだろ、観覧車?」
「え・・・っ! 何でわかったの!?」
「そりゃあ・・・」
あんな顔されたら誰だってわかる、という言葉はかろうじて飲み込んだ。
また変に機嫌を損ねられたりしたくない。
変なところで機嫌損ねたり意地張ったりするからな、この人は。
それに、俺が誘った時の喜びようも半端じゃなかった。
あれで気付かない奴なんてそうそういないだろう。
「・・・まぁ・・・せっかく来たんだし」
そう言って俺は、少し怪訝そうに眉をひそめていた千鶴の頭をポンポンと撫でた。
すると千鶴もまだ多少訝しげではあったが、納得したようだった。


休日の方が人手が激しそうだったから、平日に学校が終わってから来てみたら、俺たちの順番になる頃にはすっかり日も傾いてしまっていた。

「すっかり暗くなったな・・・晴れた日の昼間なら、随分遠くまで見渡せただろうけど・・・」
「うん、でも・・・」
「ん?」
「ううんっ! 何でもないっっ!」
「??」
「あっ! 次のに乗れるよ〜!」
そういうと千鶴は軽い足取りで観覧車に近づいていく。
それにしてもさっきの妙な反応は一体・・・。


この巨大観覧車は、一周を20分で回るらしい。
「20分も乗ってたら飽きない?」
と、俺がうっかり言ったら、
「全然飽きないよぉ!」
と少し怒られてしまった・・・何故だ?

「すご〜い、すごいよ久我くん! 夜景がキレーイ!!」
すっかり日が暮れてしまった街並みを、千鶴は瞳を輝かせて食い入るように見つめている。
確かに夜景は綺麗だった。
夜になって更に人が増えた(しかもカップル率高し)理由が何となくわかってきた。
カップルには持って来いのデートスポットというわけか。
これでさっきの千鶴の“妙な反応”の理由も判明したというわけだ。

「久我く〜んっ! こっちも綺麗だよぉ〜!」
千鶴はにこにこ笑いながら、俺を自分の方へと手招きする。
観覧車のバランスが少しだけ気になったが、俺は千鶴の隣へ腰を下ろした。
「ほらっ! あっ、あの辺学校かな?」
相変わらずはしゃぎ通しの千鶴の様子を、俺は眺めていた。
千鶴の声だけが響いている、密閉された空間。
(・・・よく考えてみれば・・・。)
(観覧車って、完全な密室だよな。)
観覧車なんてたぶん乗るのは初めてだから気付かなかったけれど、カップルが並んでまで乗る理由は夜景だけにあるのではないということに、俺はようやく気付いた。
二人きりになれる時間を求めて、みんな観覧車に乗るってわけだ。
そう考えると他のカップルの様子が少しだけ気になって、俺は夜景を眺める振りをして、何気なく次の観覧車の部屋(?)を覗いてみた。
「・・・? 何見てるの、久我く・・・」
俺の視線の先が違うことに気付いた千鶴が、俺と同じ先に視線を移す。
何とも良い(悪い)タイミングで。

俺と千鶴が同時に覗き込んだ瞬間。
暗くてよく見えないかと思ったけれど、角度良くてちょうど丸見えだった。
こいつら迂闊すぎる・・・なんて、そんなことはどうでもよくて。
とにかく、しっかり後ろのカップルのキスシーンを目撃してしまった・・・。

その瞬間、

ガタンっ

・・・という音がして、千鶴が椅子から・・・落ちた。
反応しすぎだ。
バッチリ見てしまったと言っているようなものだ。
「千鶴・・・だいじょう・・・」
そう言って千鶴の腕をとろうとした瞬間、薄暗い中でも、千鶴が明らかに動揺している気配が伝わってきた。
むしろ薄暗いからこそ、表情がよくわからないからこそ、早くなる一方の鼓動は激しく伝わってきて、余計にこっちまで動揺してしまう。
「千鶴・・・」
「・・・っ!」
俺が名前を呼んだだけで、千鶴の身体がびくっと反応する。
その反応だけでも、俺を煽るのには充分だったのに。
「・・・く・・・久我く・・・あ・・・」
薄暗い密室で、こんな近くでそんな声を出されてしまったら、押さえなんか利くわけがない(きっぱり)。
俺は千鶴の柔らかい腕を、今度は躊躇うことなく掴んで引き寄せた。
「きゃ・・・っ」
「千鶴・・・俺たちも・・・する?」
「えっ、え・・・っ!」
驚いた千鶴が咄嗟に俺から離れようとしたが、離れられないように俺の手は千鶴の後頭部をがっちり押さえ込んでいる。
そしてこれ以上抵抗されないように、次の瞬間には自分の唇で千鶴の唇を塞いだ。
「ふ・・・んぅ・・・」
千鶴の唇から、甘い声が漏れる。
でも。
しばらく何の抵抗もなかったが、数秒すると、千鶴がトントンと俺の胸を押し返すように叩いた。
「え・・・?」
(もしかして嫌がられてる・・・?)
あまりに無理矢理すぎて、機嫌を損ねたのだろうか?
「・・・も・・・久我くん・・・。急すぎる・・・」
千鶴は息を弾ませて瞳を潤ませながら不満をもらす。
「ご、ごめん・・・」
こうなってしまうと、完全に俺の負けだ・・・と、思っていたのだけれど。
千鶴の意外な一言で、状況は一変した。
「・・・キスは、てっぺんでしたかったのに・・・」
「え?」
千鶴がぽそっと呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「えっ!? あっ、えっと、何でもないのっっ!!」
「キスはてっぺんでしたかった」
「あっ・・・うぅ・・・」
俺が復唱すると、千鶴は何とも情けない声を出してうな垂れる。
しかし、俺が理由を尋ねようとするのを察してか、千鶴は少し恥ずかしそうにポツリポツリと話し始める。
「あのね、学校の女の子たちが・・・。てっぺんでキスしたカップルは永遠に結ばれるってお話をしてたの。だからね・・・」
「・・・・・・」

まだ出来て間もない観覧車なのに、どうしてそんな話が信じられるのか・・・謎だ。
でも。
そんな、ちょっと呆れてしまうようなことでも、目の前のこの人が言うと、可愛くて仕方が無い。

・・・そんな風に思っている自分に、1番呆れてしまった。
俺って案外、思いっきり恋愛体質なのか?



「それにしても」
「ん? なぁに、久我くん?」
どうしても気になることが1つだけあった。
「・・・頂上でキスって、どうやって切り出す予定だったんだ?」
「え!? そ、それは・・・///」
(・・・動揺してる。)
可愛くて面白くて、ついついいじめたくなってしまった。
「・・・ほら、もうすぐ頂上だよ?」
「う、う・・・」
千鶴が恨めしそうに、大きな瞳で俺を見上げた。
その表情に思わずグラっときたけど、俺からしてたんじゃ意味が無いから何とか耐えてみせた。
「千鶴」
「久我くん・・・っ」

おずおずと、千鶴が近づいてくる。


「あ、あのね、久我くん・・・め、とじて・・・?」


― FIN ―





−あとがき−
皆様お気づきかもしれませんが、前2作と違い、今回からは久我→ちーちゃんの呼称が“千鶴”で統一されております。敬語も無しで。
それだけSS書いてない間に本編は進展していたということです(笑)。
ちなみに私も観覧車に乗りまして、そしてこの話を思いつきました・・・女ばっかりの集団ででしたが(苦笑)。
それにしても久我っちの言葉遣いはむずいです。ちーちゃんには何か甘いんですよね(笑)。
あと、何故か2人の話だと特に「・・・」が多くなってしまうのですよ。何故?

2005/03/25


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