今、ここにいること






あたしは今回の事で色々わかってしまった。
ちーちゃんにとって、そして久我にとって、お互いがどれくらい大きな存在であるかを。
「あ〜あ。あたしもそろそろ“ちーちゃん離れ”しないとなぁ・・・」
あたしはそう空に向かって呟いた・・・。





私はいつものように、保健室のデスクに向かっていた。
今は他には誰もいなかった。
外で生徒達の声が聴こえたが、それもとても遠くに感じていた。

最近失敗ばかりして、みんなに迷惑かけっぱなしだった。
いつもどこかうわの空だったから・・・頭の中ではいつも同じ事を考えてたから・・・。

久我くん・・・。
毎日会っていた頃は気付かなかった。
久我くんが私を忘れている事を知って、最初はどうしたらいいかわからなくて、足元が崩れ落ちていくような感覚だった。
次に、とても怖くなった。
久我くんの存在が私の中でとても大きくなっていることに気付いたから、それを失った時に自分がカラッポになるんじゃないかって・・・とても怖かった。
修ちゃんとのことでカラッポだった私を満たしてくれたのは久我くん。

私は引き出しを開けて、久我くんから貰ったオルゴールを取り出した。
蓋を開けると、メロディとともに思い出が溢れ出す。
そして私の目からも涙が・・・。

  久我くんに・・・会いたい。
  会いたい・・・会いたいよ・・・・・・。

涙がどうしようもなく溢れて、視界が歪んだ。
でも・・・。
このままじゃ、ダメ。
例え拒絶されても、久我くんにちゃんとぶつかっていかなきゃ。
私のこと、ちゃんと知ってもらおう。
思い出してもらえなくてもいい。
また一からのスタートでも大丈夫。

「久我くんに・・・会わなきゃ・・・」
そう言って私が立ち上がった。


その時。
扉のところに人の気配を感じた。
「僕の事・・・呼びましたか?」
そこには・・・久我くんが立ってた・・・。



「久我くん・・・どうしてここに・・・?」
「オルゴールの音がしたんです。先生のだったんですね・・・」
そう言って久我くんは、オルゴールに視線を移した。
先生の・・・か・・・。
本当に覚えてないんだ、と口にしようとして、止めた。
「これ・・・久我くんがくれたんだよ」
「そうなんですか?」
「私は・・・オルゴール大切にするって・・・言ったの」
「・・・?」


「水野に聞きました。僕が先生を好きだったってことを・・・」
「泉ちゃんが・・・?」
「はい」
すぐに話す事がなくなってしまう。
こんなことじゃダメなのに・・・。
「久我くん・・・また“僕”ってゆってる・・・」
「え?」
「前も言ったのよ。覚えてない? 久我くん、作ってるときは、僕、って言うのよ」
「え・・・っ」
私は以前と変わらぬ反応を示した久我くんを見て、思わず笑ってしまった。
「よかった・・・久我くんは久我くんのままだね・・・」
「・・・・・・水野には違うって言われましたよ」
久我くんは急にそんな事を言い始めた。

「・・・どういうこと?」
「よく・・・わかりませんが・・・多分、そうなんだと思います」
「久我くん・・・?」
久我くんはすごく、辛そうな表情をしていた。
見えないものに苦しめられているんだと、そう思った。

「俺は・・・自分の記憶を取り戻したい。最初に記憶を失くしているってわかった時は、別に大して支障も無かったし、それでもいいと思っていた。
けれど・・・。頭の中が何故だかざわついてイライラして、どうしようもないんだ」
「久我・・・くん・・・」
「水野の言っていたように、俺は・・・う・・・っ!」
「久我くん・・・っ!!」
久我くんの体が大きくぐらついた。
「久我くん! 大丈夫!?」
私は久我くんに駆け寄った。

その瞬間。

ぐっと久我くんの手が私の腕を掴んだ。

「教えてほしいことがあります。俺が貴女に気持ちを告げた時、貴女は何て返事をしたんですか?」
「え・・・っ!///」
「教えて・・・ください」
久我くんは真剣だった。
もしかしたら、それを言えば、久我くんは思い出してくれるかもしれない。
そんな淡い期待すら抱いた。
「あ、あのね・・・。私、私・・・」
「・・・・・・」
久我くんが私の反応を見てる。
すごくドキドキして、胸が苦しい。
「私、まだ答えはちゃんと出してなくって・・・。もう少し待ってって、考えて答え出すからって、言ったの」
「そう・・・ですか」
「で、でもね! 私・・・ちゃんと答え・・・見つけたから」
「え・・・」

私は大きくひとつ息を吸った。

「私・・・私は・・・・。久我くんが好き。久我くんが・・・大好きです」

「先生・・・」

「久我くんと・・・ずっと一緒にいたい・・・」

言葉にしたら、気持ちが急にはっきりと見えてきたような気がした。
私・・・いつのまにかこんなに久我くんのこと・・・。

「私のこと・・・思い出してほしいの・・・」
泣いちゃダメって思ったのに、緩くなった涙腺は涙を止める事を許さない。
きっと久我くんが困ってる。
私のこと知らない彼にこんなこと言っても意味ないのに。
でも・・・止められなかった。

私は、恐る恐る久我くんの表情を窺うために顔をあげた。
「久我・・・くん?」
「あ・・・っ」
久我くんは、すぐに手で顔を覆ってしまったので表情はわからなかった。

「久我くん・・・あの・・・」
久我くんに掴まれたままの腕に気付いて、私は久我くんの名前を呼んだ。
「あ・・・すみませ・・・っ!」
謝りかけた久我くんの言葉がふいに遮られたと思ったら、突然の衝撃が走った。

私の背後で、ガラスの割れる音がした。





体はとっさに反応していた。

先生に名前を呼ばれて、はっとして少し顔を上げた時、あるものが目に飛び込んできた。
俺達の方に向かってもの凄い勢いで飛んでくる硬球。
このままではそれはガラスを突き破り、この女にも危害を加えるだろう。

「危ない・・・っ!」
そう言って俺は、彼女を抱きしめ窓ガラスに自分の背を向けた。






「・・・我くん・・・久我くん・・・っ!!」
遠くで俺の名前を呼ぶ声が聴こえる。
泣いて・・・いるのだろうか?
そんな様子だ。

意識が少しずつはっきりとしてきたら、あることに気付いた。
・・・頭が痛い。
そういえば・・・硬球が飛んでくるのが見えてそして俺は・・・。

その時、すべてがひとつに繋がるような感覚がして目の前が明るくなった。



「俺は・・・一体・・・」
俺はゆっくりと瞼を開くとそう呟いた・・・様な気がする。
「久我くん・・・っ!!」
目の前にはいつもの面々・・・水野と日下部とボブ男とそして・・・。
「千鶴・・・?」
思わず愛しいその名前を呼んでしまって、俺は慌てて口を押さえた。
「えっ!?」
彼女だけでなく、周りの連中までポカンとしている。
「・・・? どうしたんだよお前ら・・・」

「何・・・ちーちゃんのこと千鶴とか呼んじゃってんのよ!」
最初に口を開いたのは水野だった。
「あんた・・・ちーちゃんを忘れちゃっただけじゃなく、またこんなに心配かけて・・・っ!」
「忘、れた・・・? 先生の事を・・・?」
「あんた・・・思い出したの!?」
俺は何がなんだかよくわからなかった・・・。





それから30分近く掛けて、俺は事の顛末を知った。
水野にも日下部にも散々なじられた挙句、今度恩返しをする約束までさせられてしまった。
ボブ男だけは、「俺だけ仲間ハズレかよ〜」とか嘆いていたが・・・。

そんな風に騒いだ末に、水野が2人を連れて保健室から出て行ってしまった。
実は、長谷川と2人っきりなるのは気まずかった。
なにせ長谷川は俺が記憶喪失であったという説明の間、一言も口にしていなかったからだ。

「あの・・・先生・・・?」
俺は恐る恐る口を開いた。
「・・・・・・」
俯いたまま無言だ・・・。
「すみませんでした・・・」
「・・・なにが?」
長谷川は、ようやく口を利いてくれた。
「え? 何がって・・・色々と面倒かけた事とか・・・」
俺がそこまで言うと、長谷川はきっ!っと俺の方に振り返った。
「うもーー何で謝るの!? 久我くんが事故に遭っちゃったのは私を庇ったせいなのよ!」
「す、すみませんでした・・・。じゃあ何で不機嫌なんですか?」
「ふっ不機嫌なんかじゃないも」
「不機嫌ですよ」
「久我くんのおばかぁ!」
「???」
何なんだ一体・・・?
もしかして・・・。
「俺が先生を忘れていた事を・・・怒ってるんですか?」
その瞬間、かぁ・・・っと長谷川の顔が赤く染まった。
図星だったようだ。
嬉しくて、顔がにやけてしまいそうだ。

でも、俺は確信を持った答えを求めていた。
その為に、ひとつの質問を投げかけた。

「そういえば・・・俺が記憶を失くしている間に、この前の告白の返事をいただいた気がするんですが・・・」
「あっえと・・・その・・・」
「実は、あんまり良く覚えてないんですよ。返事の内容を」
「へ?」
「もう1度言ってもらえませんか?」
「〜〜〜っ///」

本当は・・・しっかり覚えていた。
だからその事に気付かれないように、出来るだけ丁寧に、平静を装って尋ねてみた。
でも最近話も碌にしていなかったのだから、これくらいは許されるだろう。

「久我くん・・・ホントは覚えてるんでしょ?」
「いいえ」
思わず顔がほころんでしまう。
「あー久我くん! 嘘ついてる顔してる!!」
「してませんよ」

さすがの長谷川もそろそろ嘘に気付いてきてる。
でもどうしてももう1度言ってほしい。
最近の記憶は本当にあやふやで、夢なんじゃないかとも思えてくるから・・・。
彼女の一言で、俺の不安なんて一瞬にして吹き飛んでしまうはずだ。

「千鶴・・・もう1度言って?」
「あ・・・」
俺は千鶴の手を握ってこちらに引き寄せた。
「・・・言って?」
「・・・///」

「千鶴・・・?」
「嫌・・・」
「・・・・・へ?」
俺は思わず固まってしまった。
拒絶されてしまった・・・。
何故だ?

その答えはあっさりと知らされた。

「だって久我くん・・・忘れてたもん。私のことだけ、忘れてたもん・・・」
「え・・でもそれは不可抗力で・・・」
これはヤバい・・・気がする。
「なんで私のことだけ忘れてたの? 私・・・すごく、哀しかった・・・」
「え〜と・・・それは・・・」
千鶴が大きな瞳でじっと俺を見つめてくる。

それは・・・。
それは・・・。
これは・・・あまり言いたくなかったが・・・。

「頭の中・・・千鶴でいっぱいだったから」

そう答えた。

「さ、千鶴。約束どおり聞かせて?」
恥ずかしさをかき消す為に、即座に話題を戻した。
「えぇ・・・っ!」
更に顔を赤くした千鶴が、不意打ちだったのか、驚いた様子で声を上げた。


俺は千鶴の口元に耳を近づけた。

千鶴がそっと言葉を発する。

「あ、あのね・・・私ね・・・・・・久我くんのこと・・・・・・」





FIN


2002/04/09



− あとがき −

この話は一応、私が里見先生編を読み終わったあとぐらいに考え付いた「Honey」の最終話予想のつもり・・・でした。
今となってはこんなEDはありえない気がします。しかもこんな糖度低いの嫌なんですけど・・・(←自分で考えといてなんだ!)
でも本編の方は糖度高めにいってくれそうで安心していますv
しかしそれにしても、設定ベタですよねぇ〜・・・。他の話で同じようなのがありそうです(汗)。でもベタなの好きなんですよ・・・。
これ書いていて、泉ちゃんへの愛情度が増しました!だってほぼ全編に渡って泉ちゃん視点ですし、泉ちゃんがいい娘なんですもん〜vv
泉ちゃん動かし易過ぎ!それにしても久我が嫌な奴ですよねこの話・・・。しかも前半ちーとも出番無いですし(苦笑)。
主人公2人が影薄い久我ちーってどうよ!?・・・と思いました。
この話、実は突っ込みどころ満載です。病院の仕組みとか考えたらアカンのです。保険の心配とかするのは厳禁です。
大掛かりな手術までしといて2週間で退院なんてありえないとか言っちゃダメです。主要臓器が損傷無くて術後の経過が良好ならばきっとできる・・・はずです(汗)。

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