今、ここにいること






次の日が、日曜日でホント良かったと思う。
久我の手術が終わってからの数時間は、心からそう思ってしまうほど目まぐるしいものだった。

最初に、手術前には繋がらなかった久我の家族に連絡を取った。
久我が前に話していたのをちょっと聞きかじった通り、最低な親だと思う。
ちーちゃんが責任を持って面倒を看ると言ったら、「じゃあ、お願いします」・・・だって。
フツーじゃないよ・・・全く。

あたしとしては本当はちーちゃんにも休んでほしかったんだけど、残ると言い張るちーちゃんの主張を変えられるはずもなく、あたしはしぶしぶちーちゃんに付き合ってそのまま病院に泊まることにした。
何故だか日下部もね。




カーテンから差し込む日差しが眩しくて、私は目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
数時間しか寝ていない所為か、不自然な格好のまま眠ったせいか、体がダルイ。
ふと隣をを見てみると、数時間前までそこにいたはずのちーちゃんがいない・・・。
あたしは目の前にある、久我の病室のドアに目をやった。

「ちーちゃん・・・? いるの?」
あたしはドアから病室の中に顔だけを覗きこませた。
そこには久我の横たわるベッドの傍らに腰掛けるちーちゃんの姿があった。
「あ・・・泉ちゃん。もう少し眠っていても良かったのに・・・」
目を腫らしたちーちゃんが、いつもと変わらぬ笑顔を向けてくれた。
だからあたしはほっと胸を撫で下ろした。

「ん・・・でも、目覚めちゃったし・・・」
「そっか・・・」
そう言うとちーちゃんは、眠っている久我の方に視線を移した。
そういえば。
「久我は、あれから目覚ました?」
「ううん・・・まだ・・・。でもお医者様は時期に目覚めるだろうって」
「なら全然ダイジョーブじゃない! 一度家に戻ろう? ちーちゃん全然寝てないんでしょ?」
「うん・・・でも久我くんが目を覚ますまでは側に居たいから・・・」

ちーちゃんは気付いているのかな?
そう言ったちーちゃんの表情がほころんだことを。
ちーちゃんは皆に優しいけど、誰にでも笑顔を向けてくれるけど、今のは特別だった。
かつてシュウちゃんに向けられていたものと同じ。
愛しいものへ向けられる顔、してたよ。

「ちーちゃん・・・久我のこと、好きなんだね」

「え・・・っ! い、泉ちゃん、何言って…っ」
ちーちゃんは真っ赤になって手を横にブンブン振ったけど。
「否定しなくていいよ。わかっちゃったもん、あたし。って言うか、ちーちゃんもやっと気付いたんでしょ?」
図星だったのか、ううう〜と言いながらちーちゃんは俯いてしまう。

「久我が・・・死んじゃうかもしれないって時、ちーちゃん怖かったでしょ?」
「・・・・・・うん」
「その時気付いた?」
ちーちゃんはふるふると首を横に振った。
「違うの?」
「うん。久我くんが大丈夫だってわかった時、気付いた気がするの・・・」
「・・・・・・」
「失っちゃいけない、大切な人なんだって。かけがえのない存在なんだって」
「ちーちゃん・・・」
「ずうっと側にいたいって、そう思ったの・・・」

あたしにはわかった。
ちーちゃんは、前に進む事ができたんだ。
悲しい思い出を、自分の力で乗り越える事ができたんだ。
そう思った。

「よかったね、ちーちゃん」
自然とそんな言葉が漏れた。

その言葉を聞いたちーちゃんは、何故だかきょとんとしている。
「な、何?」
「え、だって・・・。泉ちゃんは絶対反対すると思ったから・・・」
「なんでよー! あたしは久我は気に喰わないけど、ちーちゃんが幸せならそれでいいのっ!」
「(じ〜ん・・・) 泉ちゃん・・・っ!」

がばっとちーちゃんはあたしにいきなり抱きついてきた。
「ちょ、ちょっとー」
「大好き泉ちゃん・・・っ!!」
気が付くと、ちーちゃんはまたポロポロと涙を零していた。

「もう・・・そういう事は、こいつに言ってやんなきゃ」
そう言ってあたしは、いまだ眠っている久我を指差した。

その時、この騒々しさの所為か、久我が微かに声を上げた。
「う・・・ん・・・」

「ちーちゃん! こいつ、目ぇ覚ましたよ!」
「え・・・っ!」
ちーちゃんは、ばっと久我の側に駆け寄った。
ちょうど良いタイミングで、日下部も部屋に入ってくる。
「何? 久我っちのお目覚め?」

久我の瞼が動く。
「久我くん・・・っ!」
ちーちゃんが必死になって、久我の名前を呼ぶ。

やがて久我の瞳が開かれて、しっかりとこっちを見た。
まだしっかりと焦点は合っていないようだった。
数時間前まで生死の境を彷徨っていたのだから仕方ないのかもしれないけど。
「久我くん・・・良かった・・・っ!」
ちーちゃんの目から、また涙が溢れていた。
「もうっ! ちーちゃんをこんなに心配させて!」
あたしまでつられてちょっとだけ泣きそうになったけど、悔しいから我慢した。
「全く久我っち・・・あんま千鶴を心配させんなよ〜」
日下部はまだ病人である久我の背中をバシバシ叩いていた。
「きゃあ、マコトくん! 乱暴にしちゃダメ!」
「おっと! ヤベっ!」
「・・・っとにも〜。・・・・・・ん?」

・・・・・・何かおかしい。
久我が静かすぎる。
「久我・・・あんた何黙ってんのよ?」
あたしは思わず久我を問いただした。

「水野・・・? 俺は一体・・・」
久我の様子が明らかに変だった。
「久我くん・・・どうしたの?」

ちーちゃんが心配そうに久我の顔を覗きこんだその瞬間、あたしは衝撃的な言葉を耳にした。


「あんた・・・誰?」


久我の信じられない言葉に、あたしは耳を疑うしかなかった・・・。



2002/04/09

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